大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成5年(行ウ)19号 判決 1996年5月29日

横浜市都築区茅ヶ崎東三丁目一四番二五号

原告

山崎勝由

右訴訟代理人弁護士

森和雄

横浜市港北区大豆戸町五二八番五

被告

神奈川税務署長 荻原勝

右指定代理人

矢吹雄太郎

清住碵量

山岡千秋

根岸良一

中澤彰

町田茂

荒川政明

井上良太

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対して平成三年三月八日付けでした、原告の

(一) 昭和六二年分所得税の更正のうち所得金額二六六万一七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

(二) 昭和六三年分所得税の更正のうち所得金額二三〇万七〇三五円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

(三) 平成元年分所得税の更正のうち所得金額二二〇万三一〇五円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二請求原因

一  本件処分の経緯等

原告は、電気配線工事業を営む白色申告者であるが、昭和六二年分ないし平成元年分(以下「本件各係争年分」という。)所得につき、それぞれ川崎南税務署長(当時)に対し確定申告をしたところ、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定を受けた。原告の本件各係争年分の所得税について、原告のした確定申告、これに対する被告の各更正及び各過少申告加算税の賦課決定(以下右各更正を「本件各更正」と、右各過少申告加算税の賦課決定を「本件各決定」という。)並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別表一ないし三のとおりである。

二  本件処分の違法事由

1  推計の必要性の不存在

所得に対する課税は、実額課税が原則であり、推計課税は、納税者が信頼し得る資料等を備えておらず、また、納税者が合理的な理由なく調査に対し資料提供を拒否する等非協力的態度に終始したため、所得の実額の捕捉が不可能になった場合に限って、例外的に許されるものである。

ところが、本件各更正当時原告に対する課税事務を担当していた川崎南税務署の係官は、原告に対する一度のかつ、短時間の調査をしただけであり、その際、調査の目的について原告から質問されたにもかかわらず、合理的な説明を加えることなく調査を打ち切った。原告は、右質問に対して合理的な説明を受けられれば、調査に応じるつもりで資料等を整えていたが、結局右係官はこれを見ることなく、一方的に推計課税を行ったのは違法である。

2  推計の合理性の不存在

被告のした推計は、本件各係争年分の原告の売上原価の額を基礎に類似同業者の平均売上原価率を適用するという方法で行われた。しかし、この類似同業者はいわゆる売上原価についての倍半基準を用いて選定されているだけで、その余の点に関する類似性については全く不明であり、このような推計に合理性があるとはいえない。

第三請求原因に対する認否及び被告の主張

一  請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認める。

同二1のうち、所得に対する課税が実額によることを原則とするが、納税者が合理的な理由なく調査に非協力的態度をとった場合等には推計による課税が許されることについては認め、その余は否認ないし争う。

同二2のうち、被告のした推計が原告の売上原価を基礎とし、倍半基準を用いた類似同業者の平均売上原価率を適用してされたことについては認め、その余は争う。

二  被告の主張

1  調査の必要性について

(一) 原告は、当時、神奈川県川崎市川崎区大島二丁目四番五号に居住し、同所において電気配線工事業を営んでいた個人事業所得者であり、本件各係争年分の所得につき、別表一ないし三記載のとおり確定申告をした。

なお、原告は、平成三年一一月二八日、肩書地に住所を移転し、同所において、引き続き同事業を営んでいる。(このため、同日以降、原告の納税地の所轄税務署長は、川崎南税務署長から被告に変更となった。)。

(二) 本件各更正及び各決定を行った川崎南税務署長は、原告から提出された本件各係争年分の確定申告書の内容を検討したところ、本件各係争年分の確定申告書の所得金額の計算欄には、事業所得及び給与所得の金額が記載されているのみで、「収入金額」及び「必要経費」の各欄に何らの記載もなく、収支内訳書の添付もないので、右所得金額を計算するための収支内容が不明であったこと、<2>原告の昭和五九年分ないし同六一年分の所得税については、同六二年一一月ころ調査を実施したのであるが、その調査の結果判明した所得金額と同六二年分以後の所得金額を比較すると、同六二年分以後の所得金額が低調で、原告の本件各係争年分に係る申告所得金額が過少である疑いがあったことから、原告の本件各係争年分に係る申告所得金額が適正であるか否かについて調査する必要があると認め、所部係官である寺島哲郎国税調査官(以下「寺島係官」という。)に原告の所得税の調査を命じた。

2  調査の経緯について

(一) 寺島係官は、平成二年一〇月一六日午後二時一〇分ころ、原告の本件各係争年分に係る所得税調査のた目、原告宅へ赴いたが、原告が不在であったため、応対に出た原告の妻であり、事業専従者である山崎靜子(以下「靜子」という。)に対し、原告の本件各係争年分の所得税の調査のため訪問した旨を告げた。しかし、靜子が、「私には分からない。」と答えたため、同係官は、靜子に対し、右調査のため同月二二日午前一〇時ころ再び調査に訪れたいので、翌一七日原告から同係官あて電話をくれるように依頼して、その場を辞去した。

同月一九日午前一一時四五分ころ、寺島係官が不在中に原告から川崎南税務署に、「二二日は忙しいので、一一月の一〇日前後の日にしてほしい。」旨の電話連絡があった。その後、同係官と靜子の間で電話で都合三回程、調査日について調整した結果、同年一一月一三日の午前一〇時から右調査を行うこととなった。

(二) 同年一一月一三日午前一〇時ころ、寺島係官が原告宅に臨場したところ、その場には、原告、靜子及び男性一人が待機していた。同係官は、原告の案内に従い、居間の指定された席に着席後、身分証明書と質問検査章を提示して名前を告げたところ、右男性は、「神奈川北東建設組合事務局長宮守幸夫」と記載された名刺を差し出し、「宮守」と名乗った(以下「宮守」という。)。同係官は、原告に対し、原告の本件各係争年分の所得税の調査に来た旨を告げるとともに、原告の提出した確定申告書には、所得金額の記入しかなく、収支内訳書の添付もないので、記帳してあるものを確認して所得金額が正しく計算されているかどうか確認に来た旨説明した。右説明に対し、宮守は、「それは所得税法二三四条のどこに書いてあるのか。」、「あなたたちは納税者を疑っているのだろう。どういうところに問題があるのか、具体的に言ってもらいたい。」と主張した。同係官は、原告に対し、収支内訳書の提出や提示もないのでどこに問題があるのかについては答えようがない旨説明し、申告書作成の基になった帳簿書類等はあるのかと問いだしたところ、原告は何も答えず、代わって宮守が、「売上についての領収書等はある。」と発言した。また、同係官は、原告に対し、同係官には守秘義務が課せられているため、第三者の立会いのもとでは調査できないので、第三者である宮守がいない状態で申告の基になった書類を見せてもらいたい旨要請したが、原告は、「私はすべて宮守さんにまかせてある。」と発言したのみであった。その後、同係官と宮守との間で所得税法二三四条についてのやりとりがあったが、このような状況においては、これ以上調査の進展を図ることができないと判断した同係官は、原告に対し、これで辞去する旨伝えるとともに、次回の調査を同月二六日午前一〇時ころから行いたい旨を告げ、右調査日も同じ状況であれば調査できないので第三者の立会いがない状況での調査に応じるよう要請し、午前一一時ころ原告宅を辞去した。

(三) 同月二二日午前九時四五分ころ、靜子から、寺島係官に電話があり、靜子が「二六日は仕事の都合がつかないので、次回調査日を変更してほしい。」旨申し入れてきたため、同係官は、次回調査日を同年一二月三日午前一〇時に変更することを了承した。その後、前回と同じ状態であれば、調査はできないので、原告とよく話し合ってほしい旨伝えるとともに、次回調査日に調査ができなければ、税務署として独自の調査を進める旨伝えた。

その後、同年一一月二九日、再度、靜子から同係官に電話があり、「一二月三日はどうしても仕事の都合がつかないので、六日の午前一〇時にしてもらいたい。」旨申し入れてきたので、同係官は、これを了承した。その際にも、調査に第三者を立ち会わせることは認められない旨、また次回調査日においても前回と同様の状況となるのであれば、税務署独自の調査を行わざるを得なくなるので、よく考えてもらいたい旨伝えた。

(四) 同年一二月六日、寺島係官が約束の午前一〇時に原告宅に臨場したところ、その場には、原告及び靜子のほかに宮守がいたため、同係官は、原告に対し、同係官には、守秘義務が課されているので、調査に関係ない第三者の立会いは認められない旨説明するとともに、どうしても宮守の立会いのもとでなければ調査に応じることはできないのかと問いただした。原告は、「一応頼んであるので。」と返答するのみで、調査に関係のない第三者を立ち会わせることなく調査に応じられたい旨の同係官の右要請に対しては一向にこれに応じる様子がなかった。そこで、同係官は、再度原告に対し、「どうしても調査に協力してもらえなければ、署の独自調査に移行せざるをえない。」と述べ、さらに、調査をして、所得金額に誤りがあれば、更正ということもあり得る旨説明したところ、原告は、「仕方がない。」と発言した。同係官は、「署の調査を進めて結果が出たら連絡しますが、場合によっては更正ということもあり得ます。」と述べ、午前一〇時一五分ころ原告宅を辞去した。

(五) 同係官は、同日帰署してから、午前一〇時五〇分ころ、被告宅へ電話し、重ねて、立会いを認めなければ、調査に応じるつもりがないのか確認したところ、原告は、「うちは正しく申告しているはずです。」と返答するのみであった。また、帳簿書類等の存否についての質問に対しては、「一応領収書等は集めて申告を頼んだが、全部あるわけではない。」との回答であった。さらに、同係官は、「署で調査するとなると、取引先等を反面調査することもありますが、よいですね。」と確認したところ、原告は、「やって下さい。」と回答した。

(六) 平成三年二月二五日、寺島係官は、電話で原告に調査結果がまとまった旨を連絡し、同時に修正申告するよう勧めたが、原告が同係官の説明に納得しなかったため、後日更正する旨を伝えた。

3  推計の必要性について

申告納税制度の下における納税者は、税法の定めるところに従って正しい申告をする義務を負うとともに、その申告内容を確認するための税務調査(質問検査権の行使)に対しては、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、その所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、その申告内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うものというべきである。

また、税務職員が右質問検査権を行使する場合の第三者の立会いも、税理士法二条及び同三四条の規定以外に実定法上特段の定めがないのであるから、税理士以外の第三者の立会いを拒否するか否かは権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。また、税務調査に当たっては、調査の内容が被調査者のみならず、その取引の相手方である第三者の営業上の秘密に及ぶことが少なくないのであるから、被調査者が法律の規定による守秘義務を負わない第三者の立会いを要求する権利を有するということはできず、調査担当者が調査に際し、このような第三者の立会いを拒むことは正当な処置である。

しかるに、原告は、前記2で述べたとおり、寺島係官が再三にわたり、第三者の立会いなしで調査に応じるよう説得したにもかかわらず、これに応じようとせず、また、自らの事業所得について帳簿書類等の提示など直接資料によってその計算根拠を明らかにしようとしなかったものである。加えて、同係官が原告に電話で確認したところによると、原告が申告する際の基礎となった帳簿書類等の保存も不完全であると述べていたことから、川崎南税務署長においては、原告の収入、経費の具体的な数額を把握することは到底不可能であり、実額によって原告の本件各係争年分の所得金額を算出することはできないと判断したものである。このため、川崎南税務署長は、原告の取引先等に対する調査によって、把握した仕入れ金額等を基礎として原告の所得金額を推計し本件各課税処分を行ったのであって、本件について推計の必要性が存在したことは明らかである。

4  本件各更正の根拠について

(一) 事業所得の金額及びその計算根拠

被告が本訴において主張する本件各係争年分の原告の総所得金額(事業所得の金額)及びその計算根拠は、次のとおりである。

(1) 昭和六二年分

右年分の事業所得の金額は五八八万一〇五二円であり、その算出経過は以下の<1>ないし<4>のとおりである。

<1> 総収入金額 二〇六六万六六二一円

右金額は、被告が把握し得た原告の昭和六二年における売上原価七一五万六八五一円を、川崎南税務署管内において個人で電気配線工事業を営み、かつ、事業規模が原告に類似する者(以下「比準同業者」という。)の売上原価率の平均値(以下「平均売上原価率」という。)〇・三四六三(別表五参照)で除して算出した金額である。

<2> 売上原価 七一五万六八五一円

右金額は、原告の営む電気配線工事業に係る仕入金額の合計額であり、その内訳は、別表四の一(「昭和六二年分」欄)のとおりである。

なお、年初及び年末の棚卸高については、原告の事業内容、事業規模からみて各年分とも著しい変動がないものと認められたのでこれを同額とし、仕入金額をもって売上原価とした。

<3> 特前所得金額 六四八万一〇五二円

右金額は、前記<1>の総収入金額二〇六六万六六二一円に、比準同業者の総収入金額に占める特前所得(総収入金額から売上原価及び経費(青色申告者についてのみ認められている青色専従者給与等の特典を除く。)の額を控除した金額をいう。以下同じ。)の割合の平均値(以下「平均特前所得率」という。)〇・三一三六(別表五参照)を乗じて算出した金額である。

<4> 事業所得の金額 五八八万一〇五二円

右金額は、特前所得金額から事業専従者控除額として六〇万円を控除した金額である。

(2) 昭和六三年分

右年分の事業所得の金額は七三七万八四三三円であり、その算出経過は以下の<1>ないし<4>のとおりである。

<1> 総収入金額 二四四八万八七四六円

右金額は、被告が把握し得た原告の昭和六三年における売上原価八六七万一四六五円を、比準同業者の平均売上原価率〇・三五四一(別表六参照)で除して算出した金額である。

<2> 売上原価 八六七万一四六五円

右金額は、原告の営む電気配線工事業に係る仕入金額の合計額であり、その内訳は、別表四の一(「昭和六三年分」欄)のとおりである。

なお、前記(1)<2>に述べたと同様の理由で、仕入金額をもって売上原価とした。

<3> 特前所得金額 七九七万八四三三円

右金額は、前記<1>の総収入金額二四四八万八七四六円に、比準同業者の平均特前所得率〇・三二五八(別表六参照)を乗じて算出した金額である。

<4> 事業所得の金額 七三七万八四三三円

右金額は、特前所得金額から事業専従者控除額として六〇万円を控除した金額である。

(2) 平成元年分

右年分の事業所得の金額は六九一万九八五六円であり、その算出経過は以下の<1>ないし<4>のとおりである。

<1> 総収入金額 一九五一万四二九八円

右金額は、被告が把握し得た原告の平成元年における売上原価五四九万七一七八円を、比準同業者の平均売上原価率〇・二八一七(別表七参照)で除して算出した金額である。

<2> 売上原価 五四九万七一七八円

右金額は、原告の営む電気配線工事業に係る仕入金額の合計額であり、その内訳は、別表四の一(「平成元年分」欄)のとおりである。

なお、原告の主張する平成元年分の売上原価(別表八の「平成元年度分」の「材料費」欄参照)と被告が主張する売上原価との違いは、原告が宛先が上様となっている領収証をその売上原価に加算している点(別表四の三の計の<7>ないし<10>欄)及び原告が廣瀬電工株式会社からの仕入金額から銀行振込手数料(同社が負担)を控除した後の支払金額をもって必要経費としている点(別表四の三の振込手数料欄)である。

前者については、会計帳簿等の作成のない原告において右領収証を必要経費とすることは認められないし、後者については、仕入金額から振込手数料を控除して振込送金している場合、その合計額を仕入金額として、推計のもととなる売上原価を算定すべきである。

なお、前記(1)<2>に述べたと同様の理由で、仕入金額をもって売上原価とした。

<3> 特前所得金額 七七一万九八五六円

右金額は、前記<1>の総収入金額一九五一万四二九八円に、比準同業者の平均特前所得率〇・三九五六(別表七参照)を乗じて算出した金額である。

<4> 事業所得の金額 六九一万九八五六円

右金額は、特前所得金額から事業専従者控除額として八〇万円を控除した金額である。

(二) 推計の合理性

(1) 右算出の基礎とした比準同業者の抽出方法は、次のとおりである。

すなわち、原告は、川崎南税務署管内において電気配線工事業を営んでいた白色申告者であったことから、被告は、川崎南税務署管内において原告と同業種の電気配線工事業を営む個人事業者のうち、次のとおり抽出基準を設け、本件各係争年分ごとにその基準のすべてに該当する者の全員を別表五ないし七のとおり抽出した。

<1> 電気配線工事業を営む者

<2> 所得税の申告を青色申告によっている者であって、そのうち青色事業専従者が一名の者

<3> 本件各係争年分の売上原価が、倍半基準すなわち、次の範囲内である者

ア 昭和六二年分については、三五七万八四五二円以上一四三一万三七〇二円以下の者

イ 昭和六三年分については、四三三万五七三二円以上一七三四万二九三〇円以下の者

ウ 平成元年分については、二七四万八五八九円以上一〇九九万四三五六円以下の者

<4> 年を通じて<1>記載の事業を継続している者

<5> 次のア及びイのいずれにも該当しない者

ア 災害等により経営状態が異常であると認められる者

イ 更正又は決定処分を受けている者のうち、次のa又はbに該当する者

a 当該処分について国税通則法(以下「通則法」という。)又は行政事件訴訟法(以下行訴法」という。)の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過していない者

b 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて現在審理中である者

(2) 以上のとおり、被告は、本件各係争年分ごとに(1)の<1>ないし<5>の各抽出基準のすべてを満たしている者を同業者として漏れなく抽出したのであるから、右抽出に恣意が介在する余地はなく、かつ、抽出された同業者は原告と業種及び事業規模等の近似性の点において、原告との間に合理的と認めるに足る類似性を有する青色申告者であるから、被告が採用した右推計方法によって求められた数値を原告の本件各係争年分の真実の所得金額に近似するものとして認定することが合理的であることは明らかである。

5  本件各更正の適法性について

被告が、本訴において主張する原告の本件各係争年分の総所得金額(事業所得の金額)は、前記4(一)の(1)ないし(3)で述べたとおり、それぞれ

昭和六二年分 五八八万一〇五二円

昭和六三年分 七三七万八四三三円

平成元年分 六九一万九八五六円

であるところ、本件各更正処分における原告の総所得金額(事業所得の金額)は、別表一ないし三の「更正・賦課決定」欄記載のとおり、それぞれ

昭和六二年分 五六八万六六三六円

昭和六三年分 五四九万九九七九円

平成元年分 六四七万六七六四円

であって、いずれの年分も被告が本訴で主張する金額の範囲内であるから、本件各更正は適法である。

6  本件各決定の適法性について

原告は、本件各係争年分の所得税につき、いずれも過少に申告していたので、被告は、本件各更正により新たに納付すべきこととなった税額(通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた金額。以下同じ。)を基礎として、次のとおり計算した過少申告加算税をそれぞれ賦課決定したものであるから、本件各決定はいずれも適法である。

(一) 昭和六二年分 五万六〇〇〇円

右金額は、右年分の本件更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額五四万円に通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額五万四〇〇〇円と、同条二条の規定に基づき右五四万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額四万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額二〇〇〇円との合計額である。

(二) 昭和六三年分 五万円

右金額は、右年分の本件更正により、原告が納付すべきこととなった税額五〇万円に通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額である。

(三) 平成元年分 八万円

右金額は、右年分の本件更正により、原告が納付すべきこととなった税額七〇万円に通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額七万円と、同条二条の規定に基づき右七〇万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額二〇万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額一万円との合計額である。

第四被告の主張に対する認否及び原告の反論

一  被告の主張に対する認否

被告の主張1のうち、(一)は認め、(二)のうち、川崎南税務署係官が昭和五九年分ないし昭和六一年分の所得税について調査した点については認め、その余は不知。

同2(一)の事実は認める。

同2(二)のうち、寺島係官が調査の進展を図ることができないと判断した点、原告に対し、次回の調査を二六日午前一〇時ころから行いたい旨告げた点及び次回の調査日には第三者の立会いがない状況で調査に応じるよう要請したとする点については否認し、その余は認める。

同2(三)の事実は否認する。

一一月一三日に続く調査日の決定については、まず、同日の調査の後、時間をおくことなく、寺島係官から原告に、次の調査期日を一一月二六日にしたいとの電話連絡があった。そこで、原告は、宮守に立会いを求めて、宮守の都合を聞いたところ、同日は都合がつかないとのことだったので、原告は、その旨寺島係官に電話したが、同係官が不在であったため、他の職員に連絡を頼んだ。しばらくすると、同係官から原告宅に連絡があり、変更は了解するが、次回は一二月三日にしたい旨の連絡があった。これを受けて、原告は、宮守に再び都合を尋ねたところ、宮守は予定が入っているので、同月六日にならないかとのことであった。そこで、原告は、再度寺島係官に連絡をとったところ、同月六日ということで双方了解した。以上が、次回調査日決定の経緯である。

同2(四)のうち、一二月六日の調査に際して、寺島係官が署の独自調査をする旨及び更正があり得ると述べたとする点については否認し、その余は認める。

寺島係官は、宮守が立会いに来ていることを予想していたようで、立会いは認められないと一方的に述べ、後は宮守と所得税法のやりとりをしただけでわずかの時間で、辞去してしまった。その際、原告から何度か「調査には応じるので、足りないものがあったら指摘してほしい。」と寺島係官に尋ねたが、応じなかった。

同2(五)のうち、寺島係官から原告に対して電話があったことについては認め、その余は否認する。

原告の応答は、「うちは正しく申告しているはずです。調査をする理由を明らかにしてくれれば、調査に応じるつもりはあります。」であった。

同2(六)は否認する。

同3は争う。

同4ないし6のうち、被告主張の原告の仕入金額(別表四の一)については、昭和六二年分、同六三年分は一旦認めたが、後に否認し、平成元年分は否認し、その余の事実はすべて不知、その主張は争う。

昭和六二年分の仕入金額は、別表八の昭和六二年分の「材料費」欄のとおり、当初の仕入金額七一九万五三五一円から、第一家庭電器株式会社からの仕入金額中に誤って混入していた、原告が個人的に使用するために購入したレンジ等の代金一〇万八八〇〇円を差し引いた七〇八万六五五一円である。

平成元年分の仕入金額は、別表八の平成元年度分の「材料費」欄のとおり、五〇五万三〇七〇円である。

二  原告の反論

1  推計の必要性について

原告は、再三にわたり、寺島係官に調査に応ずる旨を述べていたにもかかわらず、同係官は第三者の立会いのもとでの調査を頭から拒否しており、帳簿書類の提示を求めることもなかった。

また、宮守は、調査を妨害したこともなく、原告から宮守には原告の事業所得に関する書類は当然開示されており、守秘義務も問題とならない。

2  推計の合理性について

原処分時に比準同業者として抽出されたのは、昭和六二年分七件、昭和六三年分六件、平成元年分七件であったのに対し、本訴に当たって、被告が比準同業者として抽出したのは、昭和六二年分一四件、昭和六三年分一三件、平成元年分八件であり、抽出者によって異なっているが、これは倍半基準が適正に運用されなかったからであり、このような推計には合理性がない。

被告の推計に合理性がないことは、原告が木造アパートに住み、仕事用のほかは、車も所有していないような生活を送っていることからも、明らかである。

3  実額反証

原告の昭和六二年及び平成元年の総収入金額、必要経費、事業専従者控除、事業所得の額はそれぞれ別表八のとおりであり(なお、昭和六三年分については、実額反証はしない。)、その詳細は、別表九ないし一二のとおりである。

なお、税の自主申告制度のもとにおいて、納税者に完全な資料の提出を求めることは失当であり、特に原告のような零細業者にこれを求めることは、むしろ不公平である。

本件において、原告の主張、立証した実額が真実の所得金額ではないという合理的な疑いはなく、資料的に多少問題が残ったとしても、自主申告の制度を振り返るならば、その実額の立証は十分なものである。

第五被告の再反論

一1  仮に、原告の主張するように、原告の昭和六二年分の売上原価には、第一家庭電器株式会社からの仕入れ分一〇万八八〇〇円が含まれないとしても、以下のとおり、被告の処分は適法である。

2(一)  総収入金額 二〇三五万二四四二円

右金額は、被告が把握し得た原告の昭和六二年における売上原価七〇四万八〇五一円を、比準同業者の平均売上原価〇・三四六三(別表一三<3>の欄の平均値)で除して算出した金額である。

(二)  売上原価 七〇四万八〇五一円

右金額は、被告が主張する昭和六二年分の売上原価七一五万六八五一円(別表四の一の「昭和六二年分」欄)から、原告が売上原価ではないと主張する一〇万八八〇〇円を控除した金額である。

(三)  特前所得金額 六三八万二五二五円

右金額は、前記1の総収入金額二〇三五万二四四二円に、比準同業者の平均特前所得率〇・三一三六(別表一三<5>の欄の平均値)を乗じて算出した金額である。

(四)  事業所得の金額 五七八万二五二五円

右金額は、特前所得金額から事業専従者控除額として六〇万円を控除した金額である。

3  売上原価を右のとおり一〇万八八〇〇円減少した後に改めて倍半基準を用いて(売上原価三五二万四〇二五円以上一四〇九万六一〇二円以下)抽出した比準同業者も、別表一三のとおり、前記第三・二・4・(二)と同一の業者であった。

4  以上のとおり、仮に原告の主張するとおり、一〇万八八〇〇円の支出が原告の昭和六二年分の売上原価とならないとしても、原告の昭和六二年分の総所得金額(事業所得の金額)は五七八万二五二五円となり、被告が平成三年三月八日付でした原告の昭和六二年分の所得税の更正処分における総所得金額(事業所得の金額)五六八万六六三六円はその範囲内であるから、結局のところ、昭和六二年分の更正処分は適法である。

5  原告は、被告主張の昭和六三年分の仕入金額について、一旦、これを認めた後、否認するに至ったが、右は、自白の撤回であるところ、被告は、これに異議あり、また、自白が真実に反し、かつ、錯誤に出たとの主張、立証もないから、自白の撤回は許されない。

二  納税者がする実額反証は、単に実額につきその存在をある程度推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りるというものではなく、納税者は、その主張する実額と真実の所得が合致することを合理的な疑いを容いれない程度に立証する必要がある。そして、実額反証をする原告においては、<1>その主張する売上金額があり、これを上回る売上金額がないこと、<2>その主張する売上原価があり、売上原価がこれを下回るものでないこと、<3>その主張する必要経費があり、必要経費がこれを下回るものでないことを立証しなければならない。

ところが、原告は、事業に関して生ずる収入及び支出の一切を記録したはずの会計帳簿を提出せず、その収入金額に関し、請求書控、銀行預金通帳、取引先に発行した領収書控を提出するのみであり、しかも、その一部には欠落がある。また、必要経費であるとして提出した書証にも、宛名のないもの、発行者、購入品の不明なもの、改ざんされたと思われるものなどがある。

したがって、原告が提出した書証では、原告が主張する収入金額がその総収入金額であることも不明であり、必要経費の事業関連性及び収入金額と必要経費との対応関係についても何ら立証されていないから、その実額反証は失当である。

理由

第一  請求原因一及び被告の主張1(一)及び同2(一)の事実は、当事者間に争いがない。

第二本件各更正について

一  推計の必要性について

1(一)  所得税の課税は、本来、実額調査により行われるべきであるが(通則法二四条、二五条)、信頼し得る調査資料を欠くなどの事由により実額調査ができない場合に、これを理由に課税しないことが許されないことは、国民の納税義務及び租税負担公平の原則から明らかであり、このような場合は、実額調査による課税に代える方法として推計により課税をすることができるものと解される(所得税法一五六条)。

したがって、本件について、推計課税が許されるのは、実額調査を実施しようとしてもこれをなし得ない事由があったことが必要であるから、この点に関連して、本件税務調査がいかなる経緯でされたかをまず検討する。

(二)  前記争いのない事実、成立に争いのない乙一号証、証人寺島哲郎の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告に対する本件各係争年分の所得税調査の経緯につき、次のとおり認められる。

(1) 寺島係官は、平成二年一〇月一六日午後二時一〇分ころ、原告の本件各係争年分に係る所得税調査のため、原告宅へ赴いたところ、原告は不在であったため、応対に出た原告の妻であり、事業専従者である靜子に対し、原告の本件各係争年分の所得税の調査のため訪問した旨を告げた。ところが、靜子が、「私には分からない。」と答えたため、同係官は、靜子に対し、右調査のため同月二二日午前一〇時ころ再び調査に訪れたいので、原告の都合を聞くとともに、翌一七日原告から同係官あて電話をくれるように依頼して、その場を辞去した。

同月一九日午前一一時四五分ころ、寺島係官が不在中に原告から川崎南税務署に、「二二日は忙しいので、一一月の一〇日前後の日にしてほしい。」旨の電話連絡があった。その後、同係官と靜子の間で電話で都合三回程、調査日について調整した結果、同年一一月一三日の午前一〇時から右調査を行うこととなった。

(2) 同日午前一〇時ころ、寺島係官が原告宅に臨場したところ、その場には、原告、靜子及び宮守が待機していた。同係官は、原告の案内に従い、居間の指定された席に着席後、身分証明書と質問検査章を提示して名前を告げた。同係官は、原告に対し、原告の本件各係争年分の所得税の調査に来た旨を告げるとともに、原告の提出した確定申告書には、所得金額の記入しかなく、収支内訳書の添付もないので、記帳してあるものを確認して所得金額が正しく計算されているかどうか確認に来た旨説明した。右説明に対し、宮守は、「調査理由として言ったのだろうが、それは所得税法二三四条のどこに書いてあるのか。」、「調査するからには、あなたたちは納税者を疑っているのだろう。どういうところに問題があるのか、具体的に言ってもらいたい。」と主張した。同係官は、原告に対し、収支内訳書の提出や提示もないのでどこに問題があるのかについては答えようがない旨説明し、申告書作成の基になった帳簿書類等はあるのかと問いだしたところ、原告は何も答えず、代わって宮守が「出納帳のことをいっているのだろうが、売上げについての領収書等はある。」と発言した。また、同係官は、原告に対し、同係官には守秘義務が課せられているため、第三者の立会いのもとでは調査できないので、第三者である宮守がいない状態で、申告の基になった書類を見せてもらいたいと要請したが、原告は、「私はすべて宮守さんにまかせてあるので。」と答え、宮守を退席させはしなかった。

その後、同係官と宮守との間で所得税法二三四条の解釈に関し、宮守が具体的な調査理由を開示しなければ調査に応じられないと言ったのに対し、同係官は、質問検査権の行使には、具体的な調査理由の開示は要件になっていないと答えた。

同係官は、これ以上調査を進めることができないと判断し、原告に対し、本日はこれで辞去する旨伝えるとともに、次回の調査を同月二六日午前一〇時ころから行いたい旨を告げ、右調査日には第三者の立会いがない状況での調査に応じるよう要請し、午前一一時ころ原告宅を辞去した。

(3) 同月二二日、靜子から、寺島係官に電話があり、「二六日は仕事の都合がつかないので、次回調査日を変更してほしい。」旨申し入れてきたため、同係官は、次回調査日を同年一二月三日午前一〇時に変更することを了承したが、その際、前回と同じ状態であれば、調査はできないので、原告とよく話し合ってほしい旨伝えるとともに、次回調査日に調査ができなければ、税務署として独自の調査を進める旨伝えた。

その後、同年一一月二九日、再度、靜子から同係官に電話があり、「一二月三日はどうしても仕事の都合がつかないので、六日の午前一〇時にしてもらいたい。」旨申し入れてきたので、同係官は、これを了承したが、その際にも、調査に第三者を立ち会わせることは認められない旨、また次回調査日においても前回と同様の状況となるのであれば、原告の所得税について税務署独自の調査を行わざるを得なくなるので、第三者の立会いについてはよく考えてもらいたい旨伝えた。

(4) 同年一二月六日午前一〇時ころ、寺島係官が原告宅に臨場したところ、その場には、原告及び靜子のほかに宮守がいたため、同係官は、原告に対し、同係官には、守秘義務が課せられているので、調査に関係ない第三者の立会いは認められない旨説明するとともに、どうしても宮守の立会いのもとでなければ調査に応じることはできないのかと問いだした。

それに対して、原告は、「一応頼んであるので。」と返答するのみで、同係官の右要請に対しては応じる様子がなかった。同係官は、再度原告に対し、どうしても、宮守のいる所でなければ調査に協力してもらえないのか、協力しなければ、署の独自調査をするが、調査して、所得金額に誤りがあれば、更正ということもあり得ると述べたところ、原告は、「仕方がない。」と答えた。そこで、同係官は、「それでは、署の調査を進めて結果が出たら連絡しますが、場合によっては更正ということもあり得ます。」と述べ、午前一〇時一五分ころ原告宅を辞去した。

(5) 同係官は、同日帰署してから、午前一〇時五〇分ころ、原告宅へ電話し、重ねて、立会いを認めなければ、調査に応じるつもりがないのか確認したところ、原告は、「うちは正しく申告しているはずです。」と返答するのみであり、また、帳簿書類等の存否についての質問に対しては、「一応領収書等は集めて申告を頼んだが、全部あるわけではない。」との回答であった。さらに、同係官は、「署で調査するとなると、取引先等を反面調査することもありますが、よいですね。」と確認したところ、原告は、「やって下さい。」と返答した。

(6) 平成三年二月二五日、寺島係官は、電話で原告に調査結果がまとまった旨の連絡し、同時に修正申告をするよう勧めたが、原告が同係官の説明に納得しなかったため、後日更正する旨を伝えた。

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人の供述部分は、前掲各証拠に照らし、にわかに採用することができない。

2  ところで、税務職員が税務調査を行うに当たり、質問検査をし得ることは所得税法二三四条一項に規定されているところであるが、これは税の公平確実な賦課徴収を図るために税務調査のひとつの方法手段として規定されたものであって、その範囲、程度、時期等の実施の細目については、質問検査の必要があり、その相手方の私的利益との衡量における社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的選択に委ねられていると解すべきである。したがって、税務職員が、税務調査を行うに当たり、求められた調査理由を開示するか否か、立会人を認めるか否か等については、当該税務職員の裁量に任されており、その判断が権限を逸脱していない限り、違法とはいえない。

右によれば、前記認定の事実関係のもとにおいて、本件の税務調査に当たった寺島係官の判断及び対応等に格別違法・不当な点があったとは認められない。

3  以上の事実経過によれば、原告は、寺島係官が二回にわたって税務調査に赴いているにもかかわらず帳簿書類を提示しようとせず、調査のため原告宅に臨場した寺島係官に対して、第三者の立会いを認めるよう要求し、同係官から立会人を退席させること及び帳簿書類を提示することを求められたのに、これに応じなかったなど、税務調査に協力しなかったことは明らかであり、そのため被告において、本件各係争年分の原告の所得金額を実額で把握することができなかったと認められるから、被告が本件各係争年分の所得金額及び税額を推計により算出する必要があったというべきである。

二  推計の合理性について

1  次に被告が採用した推計課税の方法については、その内容が実額調査に代える方法となし得るだけの合理性を有していなければならないから、以下においては、右合理性の存否について検討する。

2  証人佐野占の証言、同証言によりその成立の真正を認める乙二ないし五号証、成立に争いのない乙一九号証ないし二二号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

被告は、原告の取引先業者を調査(いわゆる反面調査)することにより把握した本件各係争年分の原告の各売上原価(別表四の一の仕入れ金額ないし昭和六二年については、これから一〇万八八〇〇円を引いたもの)を基礎とし、川崎南税務署管内において、原告と同様に電気配線工事業を営む青色申告の個人事業者で、かつ、原告と事業規模が類似する者(同業者)の本件各係争年分の事業所得に係る総収入金額に対する特前所得の金額の割合の平均値を乗じて特前所得金額を算出し、原告の事業所得金額を推計した。右同業者の抽出に際し、被告は、東京国税局長からの平成五年九月一七日付け、同七年九月二二日付け及び同年一一月二二日付け各「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」と題する書面により、川崎南税務署管内において、昭和六二年分から平成元年分までを対象年とし、<1>管内で電気配線工事業を営む者で、<2>所得税の申告を青色申告によっている者であって、そのうち青色事業専従者が一名の者で、<3>本件各係争年分の売上原価が、昭和六二年分については、三五七万八四五二円以上一四三一万三七〇二円以下、及び三五二万四〇二五円以上一四〇九万六一〇二円以下(被告が当初、主張した売上原価から一〇万八八〇〇円を引いた場合)、昭和六三年分については、四三三万五七三二円以上一七三四万二九三〇円以下、平成元年分については、二七四万八五八九円以上一〇九九万四三五六円以下の者で、<4>年を通じて<1>記載の事業を継続している者で、<5>次のア及びイのいずれかも該当しない者

ア 災害等により経営状態が異常であると認められた者

イ 更正又は決定処分を受けている者のうち、次のa又はbに該当する者

a 当該処分について通則法又は行訴法の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過していない者

b 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて現在審理中である者

のすべてについて報告するよう求められ、これに応じてその基準に該当する全ての者(比準同業者)を、所得税確定申告書の職業欄、青色申告決算書等の業種名欄等から分類した被告の内部資料である業種別名簿に基づき、機械的に抽出したが、その結果は、別表五ないし七及び一三のとおりである。これらに基づく本件各係争年分の原告の所得等の計算結果は、被告の主張するとおり、昭和六二年分は、当初の被告主張の売上原価を前提にすると、総収入金額二〇六六万六六二一円、特前所得金額六四八万一〇五二円、事業所得金額五八八万一〇五二円、右の売上原価から一〇万八八〇〇円を引いたものを売上原価とすると、総収入金額二〇三五万二四四二円、特前所得金額六三八万二五二五円、事業所得金額五七八万二五二五円、昭和六三年分は総収入金額二四四八万八七四六円、特前所得金額七九七万八四三三円、事業所得金額七三七万八四三三円、平成元年分は総収入金額一九五一万四二九八円、特前所得金額七七一万九八五六円、事業所得金額六九一万九八五六円となる。

3(一)  ところで、本件各係争年分の原告の売上原価については、当初原告は、昭和六二年分の売上原価を、被告が売上原価として主張していた七一五万六八五一円であるとしながら、その後七〇八万六五五一円であると主張し、また、昭和六三年分を、一旦被告の主張する売上原価である八六七万一四六五円であると主張しながら、後に撤回するなど変遷を繰り返している。なお、平成元年分の売上原価については、被告主張の金額を争っている。しかし、原告の本件各係争年分の売上原価については、被告の推計の基礎となっているところから、以下この点について判断する。

(二)  弁論の全趣旨によりその成立の真正を認める甲五号証の一ないし七、九、一〇、一二、一三、一五、一六、一九ないし二一、二四、二七ないし三一、三三、三四、三六、三八ないし四二、四四及び原告本人尋問の結果によれば、原告の昭和六二年分の売上原価は右書証に示された取引金額の合計額である七〇四万八〇五一円であると認められる。

原告は、その他にも原告の同年分の売上原価に含まれるものが存在すると主張し、別表四の二のとおり、甲五号証の八等の証拠をあげるが、これら書証はいずれも宛名が上様となっているなど、原告の売上原価と認めるべき適切な証拠といえないばかりか、原告はこれらと対比すべき会計帳簿類等を証拠として提出していないから、売上原価とすべきか否かについては不明というほかはなく、原告の主張は理由がない。

一方、被告も、別表四の二のとおり、甲五号証の二五で示された第一家庭電器株式会社にかかる一〇万八八〇〇円も、原告の売上原価とすべきであると主張する。しかし、原告は、その本人尋問において、同号証にかかる売上げについては、友人に依頼されて購入した洗濯機と原告の事務所兼自宅で使用するレンジの購入代金であり、事業用とすべきか定かではない旨述べており、他にこの売上げを原告の事業にかかる売上原価と認めるべき適切な証拠もないから、これについては原告の売上原価には含まれないとすべきである。

以上の検討によれば、同年分の売上原価は、被告が再反論一で予備的に主張するとおり、被告が当初、昭和六二年分の売上原価として主張した七一五万六八五一円(別表四の一)から一〇万八八〇〇円を差し引いたのと同じとなる。

(三)  次に、原告の昭和六三年分の売上原価については、原告は、一旦被告の主張する売上原価八六七万一四六五円(別表四の一)を認め、それを前提とした主張をしながら、後にそれを撤回し、単に否認している。

しかし、右は自白に当たると解されるところ、被告はこれに異議を述べており、自白が真実に反し、かつ、錯誤に出たものである旨の主張も立証もないから、同年分の売上原価については、これを争いのない事実とすべきである。

(四)  弁論の全趣旨によりその成立の真正を認める甲二〇号証の二ないし一〇、一二ないし一五、一七ないし二三、二六、二七、二九、三〇、三二ないし三六(金融機関作成部分の成立はいずれも争いがない。)、成立に争いのない乙一八号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の平成元年分の売上原価は、右書証に示された取引金額の合計額及び廣瀬電工株式会社分については、同社の負担した振込手数料を売上げとして計上しており、したがって、別表四の三のとおり、支払金額とその振込手数料額の合計額である、五四九万七一七八円とすべきである。

原告は、その他にも、原告の同年分の売上原価に含まれるものが存在すると主張し、別表四の三のとおり、甲二〇号証の一等の証拠をあげるが、これら書証はいずれも宛名が上様となっているなど、原告の売上原価と認めるべき適切な証拠といえないこと前述のとおりである。

以上によれば、原告の同年分の売上原価は、被告の主張(別表四の一)のとおりである。

(五)  前項2の倍半基準による推計は、右認定の各売上原価を基礎とするものである。

4  以上によれば、被告が本件において採用した推計方法は、それ自体から明らかなように恣意的作為の介在する余地が少ないものであるばかりか、具体的にも、算定の基礎とした原告の売上原価の額は、いずれの年分も被告の主張(昭和六三年分、平成元年分)ないし予備的主張(昭和六二年分)のとおりの額であると認められ、原告と業種及び事業規模等が類似する同業者の抽出過程とそれに基づく平均売上原価率、平均特前所得率の算定方法においても相当であると認められる。したがって、これらを用いて原告の事業所得金額を算出することにより、原告の実際の所得に近似した数値が得られるものと考えられるので、原告の所得の推計方法として社会通念上合理性があるものとしてこれを是認することができる。

また、甲三六号証によれば、原告の主張するように、倍半基準の設定により抽出された同業者数は、原処分時のそれと本訴におけるそれとでは、相当違いがあることが認められるが、原処分において認定された原告の売上原価は、前記認定のそれとは必ずしも一致しないし、被告において、原処分における比準同業者の抽出方法に拘束される理由はないうえ、被告が本訴において、前記倍半基準の設定や比準同業者の抽出について、これを恣意的に行ったと認めるべき証拠もないから、この点に関する原告の主張は採用することができない。

第三実額反証について

一  所得税の課税は、本来実額に対してされるべきものであるから、被告がした本件推計につき、その必要性及び合理性が認められるとしても、その後、原告が実額に基づく反証をし、真実の所得を明らかにするのであれば、それを課税標準とすべきことは当然である。

しかし、原告の収入金額や必要経費等は、原告自身が最もよく知っているのであるから、被告の推計課税に対し、原告が実額反証を試みる以上、原告が主張する売上金額が存在することが立証されるだけでなく、実際の売上がそのすべてであって、右主張額を上回るものでないことが立証されなければならず、これは売上原価及び必要経費についても同様であり、いずれもその主張額の存在のみならず、実際の売上原価及び必要経費がこれらを下回るものでないことが立証されなければならないし、その収入(売上げ)と経費とが対応することも立証されなければならないというべきである。

二  原告は、原告の本件各係争年分のうち、昭和六二年分及び平成元年分の総収入金額、必要経費の額、所得金額につき、それぞれ別表八ないし一二のとおりであると主張する。

しかし、納税者である原告が、本件において、被告の推計による課税処分について、その課税処分による所得が実額と異なるとして推計課税の違法をいうには、その実額が真実の所得金額に合致することを、前記一のとおり、合理的な疑いを容れない程度に立証すべきである。そのためには、収入金額及び必要経費を明確に記帳し、それにより取引の実態を正確に表示した帳簿書類等の存在が不可欠である。

ところで、原告は、売上げに関する書証として、見積書、領収書、請求書等(甲号各証)を提出しているがこれに原告本人の供述するところを総合すれば、一応原告主張の実額についての証拠は存在するかのようである。

しかしながら、これを詳細に検討すれば、次に例示するように右書証、原告本人の供述内容等には不自然、不合理な点が多々あって、証拠としては不十分であり、原告主張の総売上げをそのまま認定することはできないというべきである。

すなわち、本件において、原告は、請求書及び領収書等の原始資料等を書証として提出したのみで、それらが正確なものかどうかを検討するための帳簿書類等を一切提出しておらず、しかも、原告本人は、その使用している請求書控を甲三五号証の一ないし八としてすべて提出している旨供述するが、右の様式と異なる請求書である乙一二、一三号証が存在すること、その主張する経費には、原告が自認しているように、その裏付けとなるべき領収書等が存在しないものも相当あるばかりか、書証として提出された領収書の記載金額と請求書の記載金額とが合わない(例えば、昭和六二年分の小松工務店にかかる請求書控えの合計金額と同年分の領収書控えの合計金額とにはかなりの差がある。)、領収書は存在するが、それが原告の事業に関連することを裏付けるものがない(甲一三号証)など、不自然な点が多々ある。

これらについて、原告は供述録取書(甲三八号証)や、本人尋問において、一応その説明をしているが、その供述内容は専ら記憶に基づくものであり、他にこれを裏付ける的確な資料を欠くから、直ちに信用することができず、これをもって原告主張の実額を根拠付けることはできないといわざるを得ない。

結局、昭和六二年分、平成元年分の売上額及び事業所得金額に関する原告の主張は到底そのまま信用することはできないから、その余の点を判断するまでもなく、原告の実額主張は採用することができない。

第四結論

そうすると、原告の昭和六二年、同六三年及び平成元年の総所得額(事業所得の金額)は、昭和六二年分が五七八万二五二五円、昭和六三年分が七三七万八四三三円、平成元年分が六九一万九八五六円と認められるから、課税標準を右金額の範囲内としてされた本件各更正は、いずれも適法であり、したがって、これらの金額を前提としてされた本件各決定もまた適法である。

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 今井弘晃 裁判官秋武憲一は、転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 浅野正樹)

別表一

本件課税処分等の経緯

昭和六二年分

<省略>

別表二

昭和六二年分

<省略>

別表三

平成元年分

<省略>

別表四の一

仕入金額の取引先別の内訳

<省略>

別表五

昭和62年分 比準同業者

<省略>

別表六

昭和63年分 比準同業者

<省略>

別表七

平成元年分 比準同業者

<省略>

別表八

<省略>

別表九

昭和62年度入金一覧表

<省略>

<省略>

別表一〇

平成元年度入金一覧表

<省略>

<省略>

別表一一

昭和62年度必要経費

<省略>

別表一二

平成元年度必要経費

<省略>

<省略>

別表一三

(課一・訴)

川南所 第83号

平成7年12月6日

東京国税局長 殿

川崎南税務署長 印

電気配線工事業の課税事績報告書

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例